池谷裕二先生の講演を聞きました
東京大学の脳研究者、池谷裕二先生による「脳とAIの未来」と題された講演会を聞きました。『進化しすぎた脳』『単純な脳、複雑な「私」』などのベストセラーでも知られます。主催は上野法人会で、会場は上野・池之端にある中国料理店の東天紅でした。
池谷先生自身は子どもの時からプログラミングをしてきたそうで、いわゆる第二次AIブームが来たのが中学生の時だったとのことです。2016年に囲碁の領域でAlphaGoが人間のトップ棋士を打ち負かしたことを題材に、強化学習されたAIが直感あるいは大局観という面で、人間よりはるかにうまくやる事実を紹介しました。それから画像生成や音声対話モードでの実例を用いて、芸術や創造性、さらには気配りや思いやりに至るまで、「人らしさ」と思われている点においてAIがずっと優れていることを示し、来場者を驚かせました。
それではAIに代替できないものは何かというと、一つにはこの身体であると先生はおっしゃいます。私たちがこうして会場に来たり、箱根駅伝の視聴率が高かったりするのも、人間は人間のことが好きというアントロポフィリア(人嗜好性)に由来すると。またロボットが作ったアートは経験や経験を有していない、つまり物語がないことも指摘します。裏を返せば、人間性のない創作品、魂が込もっていない創作物は、芸術とは呼べないということになります。
そのうえで池谷先生が繰り返し強調するのは、「AIの振り見て我が振り直せ」というメッセージでした。気が利く、心配り、こうした言葉が存在するのは人間が現にそうではないからであり、仕事やチームプレイでAIが大活躍するのも、その中でうまくやれない人間の尻拭いをしているからなのです。
このような第4次産業革命の中で人間は、実際にプロンプトを工夫したりバイブコーディングで仕事を置き換えていくことができます。その際、AIの学習データの元になっている人間の弱さや誤りにちゃんと自覚的であるべきです。池谷先生はAIに対して慎重な姿勢を保ちつつも、家庭内での教育や大学での教育活動などで、体を張ってAIを試し、そこから学ぼうとされている、ということがお話を通してよくわかりました。
全体を通して語り口が面白く、AIをこれまで使ってこなかった参加者にも、意表を突く取り合わせや身近な例などを示して、聴衆に寄り添うような構成でした。研究者というとたいていは専門外の人々に寄せて話そうともしないものですが、池谷さんに至ってはさすがにテレビでコメンテーターをされているだけのことはあると感服しました。閉場後、お年を召した参加者のグループなどが「私たちにはもう…」などとお話になっていて、あれだけ口を酸っぱくして言っても実際に使ってみる人はほとんどいないのでしょうが、だからこそこうして広く世間の人々に発信しつづけることが大事なのだと思いますし、私もそうしていかねばならないと思いを新たにしました。