サイゼリヤ元社長が教える 年間客数2億人の経営術 読書メモまとめ

本書『サイゼリヤ元社長が教える 年間客数2億人の経営術』は、味の素の化学プラント生産技術者からサイゼリヤ2代目社長へと転じた堀埜一成氏が、13年の社長業を振り返って綴った経営書です。「奇跡の会社」と呼ばれるサイゼリヤの安さとおいしさが、魔法ではなく技術と知恵の積み重ねであること、そして急成長した現場叩き上げ組織に「インフラ」を整備していく外様社長の実践が、製造業の言葉で克明に語られます。

1. 「奇跡の会社」を支える理念と性善説

サイゼリヤの快進撃を支えているのは、理念と商品力です。基本理念は「人のため」「正しく」「仲良く」の3つからなり、「誰かの役に立ちたい」というホスピタリティがすべてに優先します。「人のため」に「正しく」行動していれば自然と「仲良く」なる——この順序に、サイゼリヤの性善説が表れています。

創業者の正垣会長は「人の悪いところが見えない」人で、善いところしか見ないから会社も性善説が前提になっていきました。店のお金を持ち逃げした人が「サイゼリヤは自分を人として見てくれた」と詫びを入れて戻ってきた、という逸話まであるほどです。

もうひとつの根っこにあるのが、お客さまの体験を会社がコントロールできるものではない という発想です。「コト消費」の時代と言われても、会社が管理できるのは商品とお店だけ。だからメニューには徹底的にこだわり、あとの体験は愛あるサポーターの好きにまかせる。非公式アカウントや「完全攻略マニュアル」が自然発生する現象は、この姿勢を貫いた結果です。

2. 「ないない尽くし」のDNA——競合を見ないから差別化される

入社当時のサイゼリヤは、原価計算がない、ノルマがない、社内政治がない「ないない尽くし」の会社でした。その底流には「そもそも儲けようという気がない」というもっと大きな「ない」が隠れています。すべての基本は「おいしいのできたから、食べてみて」であり、視野にあるのはお客さまと自分たちだけ。

興味深いのは、競合の分析をしないことが結果的に差別化につながっている という指摘です。よそを見るから引っ張られる。はじめから見なければ似てしまうおそれもない。競合を視野に入れるのは、他社の数字と比較して自社の進み遅れを測る、成長を考えるときだけでよいのです。

一方で「ない」ことの弊害もありました。記録や履歴を残す習慣がなく、すべて上書き文化。ノウハウは「おれの背中を見て覚えろ」の 技能 の世界で、マニュアルが機能していない。現場は店長がその場ですべてを決めるOODAループ(Observe観察・Orient状況判断・Decide意思決定・Act実行)で回る、軍曹まかせの組織でした。著者が取り組んだのは、この口伝に近い技能を、文書という媒体を通じて引き継げる 技術 へと変えることでした。

3. 現場に潜って学ぶ——農業・工場・店舗オペレーション

入社した著者は、いきなり山を丸ごとまかされ、岩だらけの土地をストーンクラッシャーで砕いてレタス畑を切り拓きます(この機械には後年、福島原発事故の除染作業で再び出番が回ってきます)。ハウスが高すぎると思えば韓国へ視察に行き、日本の2割の値段で建てられると知って、開墾で土木のプロと化した農業チームが自前で200棟を建てました。

コメづくりでは、名人に話を聞いてはじめてコスト表をつくり、コストの大半が設備費——1週間しか使わないコンバインを5年ごとに買い替えている——ことを突き止めます。品種と標高で収穫時期をずらしてコンバインを3か月使い、さらに田植えそのものをなくすため直播きを研究して「苗をあぜ道から投げれば生える」ことを確かめ、1俵1万5000円のコメを1万円まで下げました。

工場でも学びは続きます。オーストラリア工場では、ブラジル時代の知恵(廃液を敷地にまいてユーカリに蒸散させる)を活かして1キロ四方の広大な土地を確保。一方で「広い工場」には空調・移動距離・モノが増える等の罠があることも、工場設立時点から関われなかった現場で思い知ります。

100店舗を束ねる事業部長になると、ビデオカメラを持って各店を回り、自分で撮影・編集してオペレーションのビデオ教材をつくりました。生産性改善の第一手は開店準備の30分短縮。開店前と閉店後は純粋なコスト時間なので、そこを縮めれば全店合計で年間数億円が浮くのです。

4. 外様社長の変革——インフラ整備という使命

2009年、デリバティブの失敗で140億円の経常赤字を抱えた時期に社長を引き継いだ著者は、最初の3か月「プレジデントブルー」に沈みます。救ったのは正垣会長の「おまえ、会社つぶしてええからな」という言葉。失敗しても責任をとって去るのは自分だけで、従業員も会社も残る。だから自分の責任でチャレンジできる——そう腹落ちした瞬間、気が楽になったといいます。

就任1年目は禁じ手のテレビ出演で既存店売上を跳ね上げ、借金を1年足らずで返済。目標を達成するとテレビはやめました。会見で宣言した「理念以外は全部変えます」の本丸は、派手な施策ではなく、外からは見えにくい裏方の整備です。

  • ビジョンは客数で。利益1500億円では会長に「カネか、おまえは」と言われてしまう。店で働く人がイメージできる数字として、中国の人口にちなむ「2025年に客数14億人」を掲げました。
  • ベン図で「やらないこと」を宣言。サービス業・小売業・製造業の交わりにテーブルレストランを位置づけ、外様社長が好き勝手やるのではないことを明示しました。
  • 人選の妙。最初の長期計画チームには、あえて評価の低かった人や全くしゃべらない人を入れる。「あいつにできたなら自分にも」と次の参加者が続くからです。問題児をあえて自分のそばに置き、「使える人材」に変えて巣立たせました。
  • 教育の全国行脚。取締役勉強会は1年で見切りをつけ、「社長と考える会」として自ら全店を回って現場に技術を講義。「誰のため」「何のため」を繰り返す機能分析(ファンクショナル・アプローチ)を広め、その成果が「キッチン面積半減」——コストゾーンを削ってプロフィットゾーンの客席に変える改善でした。
  • プロジェクト思考の導入。オペレーション(来たものをこなす)しか知らない組織に、目的と期限のあるプロジェクトを持ち込み、外部コンサルという「外圧」も使って、「オーナー要求は何?」から始まる文化と、ペーパーに記録を残す文化を定着させました。

5. 管理会計とデータウェアハウス——欲しい数字は自分でつくる

著者が至上命題としたのが、使える管理会計システムの構築です。情報開示が目的の財務会計と違い、管理会計は経営者が知りたい数字をつくるのが目的 で、社内外の業務の流れをすべて理解しないとつくれません。経理の数値がいくら並んでいても見たい数字はそこにない——社長就任後しばらくは、自分でエクセルを叩いて商品別のコストと利益をはじき出していたといいます。

その延長で、情報を一元管理するデータウェアハウスを構築します。ポイントは外部のシステム会社に丸投げしなかったこと。部門ごとに「求める成果は何か、それを測る数字は何か」を膨大な時間をかけて議論したことで、なぜその数字が大事かの共通理解が生まれ、数字を見られる人間が何人も育ちました。「人からもらった数字を使ってたら、いつまでたってもわからへんで」。

数字を見る力は日々の継続で養われます。同じ数字を何期分も見続けると、著者は数字を数値ではなく「形」として認識するようになり、異常値に瞬時に気づけるようになったといいます。また、コスト削減のお題目だけを店に下ろすと現場は補修費を削って「当たり前品質」を壊すため、商品別利益の計算方法まで教えて「削ってはいけない場所」をわかるようにしました。

なお、このシステム進化の立役者は、震災後の被災地出店の光景に感動してサイゼリヤを選んで入社したスーパーエンジニア兼データサイエンティストでした。

6. 負けない戦略——「当たり前品質」と人の向き不向き

サイゼリヤに「勝つための戦略」は似合いませんが、「おいしいから食べてみて」を続けるには容易に倒れないことが必要です。それが 負けない戦略 であり、その軸が狩野モデルでいう 当たり前品質 ——あって当たり前、ないと不満に感じる品質——の徹底です。

一期一会のサプライズは狙いません。常連客への特別扱いは、人が入れ替わるチェーンでは維持できないうえ、「前はやってくれたのに」と潜在的なモンスター客を育ててしまう。誰が働いても、いつでもどの店でも同じレベル。おいしさのピークはやや落としても味の許容範囲を広げるのが、素人が調理するチェーン店の理想です。「たまたま」を狙わず「いつも同じ」を徹底することにこそ、奇跡の秘密があります。

組織論で印象的なのは、スタッフ型とマネージャー型 の峻別です。目の前の仕事に没頭し、対象がハマるとものすごい能力を発揮するのがスタッフ型(職人タイプ)。マルチタスクをパパッとさばき、人から嫌われても正しい決断ができるのがマネージャー型。この違いは優劣ではなく向き不向きなのに、日本の組織は職人タイプのデキる人を「長」にしたがり、本人も部下も疲弊させてしまう。「長」は単なる役割であって、貢献へのご褒美ではない——著者は一時、店長を「オスピターレ」(接客係)、地区長を「ソシエッタ」(稼働計画係)と役割名に再定義し、「長」を廃止までしています。

マネージャーの仕事はチェックリストのダメ出しではなく、ミスの原因を掘り下げて同じミスが起きない仕組みをつくること。そして製造業のノウハウ——「冷えた空気ほど高いものはない」という空調の感覚、粉工場に水を一滴も入れない設計、ベゾスのループ図のような継続的インフラ投資——をサービス業に持ち込めば、生産性はまだまだ上がる。味の素から来た自分がその架け橋になれれば、と著者は書いています。

7. ヒット商品のつくり方——技術者の商品開発

サイゼリヤへの転職の決め手となったのが、クリスマスイブの高級ディナーで正垣社長が放った「これ、うまくないだろ?」でした。技巧を凝らした料理は「売るための料理」「高いお金を出させるための料理」だから毎日食べられない。おいしさの定義が違う——この一言に心をつかまれます。社長就任後の役割分担は、まずいものを検知する天才の会長が味のダメ出し、著者が「どうやってこの味を商品化するか」でした。

化学プラント出身の著者の商品開発は、レシピありきの対症療法ではなく、食材までさかのぼって技術で解決する「一般化」 の発想です。抽象度を上げれば解決策の射程が伸び、コア・コンピタンスになる。生産から提供までを一気通貫で手がけるバーティカル・マーチャンダイジング、いわばユニクロのSPAのレストラン版(SPF)であり、野菜栽培まで自前でやるから差別化できるのです。

味覚論も技術者らしさ全開です。世界三大料理(中華・フランス・トルコ)を気候と湿度で読み解き、高湿度の発酵文化はアミノ酸のうまみ、地中海の熟成肉は核酸のうまみ、砂漠気候は香辛料・有機酸・脂肪酸が味の決め手——だから日本へのアレンジはアミノ酸がキーになる、と。中国のサイゼリヤで麻辣パスタが人気を博すように、食のローカライズは世界中で起きています。

8. 中国進出——撤退前提で始めて、細かく調整する

中国初の広州工場は「本気でお金をかけない」撤退前提の設計でした。建屋は借りる、機械は安い中国製。試してみると、カミサリー(セントラルキッチン)モデルは「あってもなくても利益が出た」——日本の成功モデルがそのまま通用するとは限らないのです。代わりに役に立ったのは、原料の仕入れ先を分散して技術やレシピを抜かれないようにする ブラックボックスのつくり方 でした。

価格政策は日本と正反対で、固定せず細かくインフレ調整します。据え置くと客層が知らぬ間に変わり、かつてのファンが離れて店の雰囲気が悪くなる。ベンチマークはピザハットで、その4割の価格帯をキープするようスライドさせる。店舗は安普請で老朽化が速いことを逆手にとり、「潰して移転」を高速回転させて、より良いショッピングセンターへ移っていきます。

2012年の反日デモでは、デモ帰りの人々がサイゼリヤで食事をしてくれて「めちゃくちゃ儲かった」。日本企業だとわからないよう看板から「ジャパン」を排し、「おまえの国にサイゼリヤはあるか?」と聞かれる会社を目指していたからです(ソニーを米国企業と思っている人が多いのを見て閃いたそうです)。

海外マネジメント論も実践的です。海外に出た人間は現地スタッフから常に値踏みされている。舐められるのはロジックで説得できない人で、著者自身、ブラジルで「好き嫌いはズルい!」と幹部に詰められ続けてロジック力を鍛えられました。ロイヤリティは低く抑え、現地の儲けは現地通貨のまま現地に還元する。「海外のスタッフは日本人のために働いているわけではない」と通帳まで見せる徹底ぶりです。

9. 危機対応——何があっても従業員を守る

東日本大震災の当日、著者は横浜で揺れに遭い、すぐ対策本部の設置を指示。数日で全員の無事を確認すると、次に考えたのは従業員のメンタルの安定でした。参考にしたのは前年のチリ鉱山崩落事故です。そして下した指示は「すぐに店舗の営業を再開せよ」。やることがあるから正気を保てる ——目の前の仕事と、地元の人においしい料理を届けるという目標があれば、人は前向きに生きられるからです。さらに、他社が撤退する被災地にあえて出店して雇用をつくり、オープン前には仮設住宅の人たちを招待しました。

福島工場ではアンモニアタンクのガス漏れに、従業員がスパナを水に濡らして火花を防ぎながらボルトを締めるという知恵で対処していた——そういう知識を持つ従業員がいたことに心の底から感謝した、というエピソードも印象的です。

コロナ禍では、味の素の研究所時代にウイルス研究をしていた知見から、マスクの重要性を初期から見抜いて先手を打ちました。手書きオーダーシートを守っていたことが、退任後のQRコード式セルフオーダー(客のスマホと紙のメニューを使う、据え置きタッチパネルよりはるかに安いシステム)に活きたという後日談もあります。

防犯思想も一貫しています。自動釣銭機の導入は、お金に手を出す従業員が悪いのではなく「取りたくなる仕組みが問題」だから、最初からエサを見せないようにする合理策。性善説は、性善説が成り立つ仕組みとセットなのです。

危機の総括として著者が言い続けたのは「従業員は守っても、社長は守るな」。社長や会長を守るようになったら会社は潰れる。まず従業員を守らないとお客さまは守れない。そして外食産業全体へは、スイミーのように小さな者が集まって大きな力を発揮すること、非常時には競合の垣根を取り払い技術をオープンにしてパイそのものを大きくする「ノーサイドという考え方」を提唱しています。

10. エピローグ——社長業は楽しい

退任から時を経て著者が伝えたいのは、「社長業は楽しい」ということ。退任した気安さからではなく、自分ですべての責任をとれることの気楽さから来る本音だといいます。プレジデントブルーから始まった13年は、「会社つぶしてもええからな」に救われ、理念以外のすべてを変え、技能を技術に変え続けた歳月でした。本書は外食業の経営書であると同時に、製造業の思考をどの業界にも移植できることを示す、技術者のための経営書でもあります。

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