読書メモ:近代意識の誕生と変容——デカルト的世界観から全体論的パラダイムへ

導入:失われた「魔法」と近代のディレンマ

科学革命以前の西洋には、驚きと魅惑に満ちた「魔法にかかった世界」(enchanted world)が存在した。そこでは、人間は疎外された観察者ではなく、宇宙の一部としてそのドラマに直接参加する存在であり、自己を包む環境世界と融合し一体化しようとする「参加する意識」が支配的であった。岩も木も川も雲もみな生命を宿し、個人の運命は宇宙全体の運命と分かちがたく結びついていた。しかし、近代科学の台頭とともに、この世界観は解体される。近代の科学的意識とは、自己を世界から切り離し、主体と客体を対立させる「参加しない意識」に他ならない。それは、醒めた思考、見るものと見られるものとを断固として区別する思考法である。

この「参加しない意識」は、必然的に完全な物象化の感覚に行き着く。友情や恋愛といった人間関係までもが、目的達成の価値尺度で計られる一種のプロジェクトとなり、我々は所有する商品によって自己を識別するようになる。ハーバート・マルクーゼが指摘したように、体制に売り渡され、完全に一体化した「一次元的人間」が生まれる。疎外されるべき自己すらもが失われたこの状況では、意味ある仕事を社会が提供する力も失われ、人々は消費行動によって自己の不安を埋めようとするが、その行為自体が体制をさらに強化するという閉塞状況に陥る。現代社会は、「不安と神経症による社会の封印」というべき状況を呈しているのだ。

ここに近代のディレンマがある。我々はもはや前近代の錬金術やアニミズムには戻れない。しかし、原子炉とコンピューターがすべてを管理する科学至上主義の世界にも、未来を見出すことは困難である。我々が種としての生存を保つためには、この二者択一を超えた、何らかの形での全体論的意識、すなわち「参加する意識」を新たな形で育み、それによって社会・政治形態を組み直していく必要がある。本書は、この失われた全体性を取り戻すための知的探求の記録である。


第1部:世界の分離——科学的意識の確立

1. 近代科学の哲学的基礎:理性と実験の結合

近代科学的世界観の確立は、単なる知見の蓄積ではなく、西洋思想史における一大転換点であった。それは、世界を認識するための根本的なOSが書き換えられるほどの、哲学的・形而上学的な革命であり、その後の社会、経済、文化のあり方を決定づけた戦略的な重要性を持つ。この新しい意識は、古代ギリシャから続く二つの大きな知的伝統の統合によって、その強固な基礎を築いたのである。

西洋思想には、プラトンに発する理性論(rationalism)と、アリストテレスに発する経験論(empiricism)という二大潮流が存在し、長らく対立してきた。前者は、感覚データをまやかしとして排し、研ぎすまされた「純粋理性」こそが真理へ至る道だとし、後者は、外界から集めた情報を統合し、一般化することをもって「知る」こととした。この二つの潮流は、古代から中世を通じて西洋の知的伝統を形成し、17世紀に至るまでそれぞれの立場を主張し続けていた。

この長きにわたる対立に終止符を打ち、近代科学の礎を築いたのが、二つの強力な「道具」であった。一つは、フランシス・ベーコンが提唱した 「実験(natura vexata)」 である。これは、自然をある状況に追い込み、答えを吐かせるという能動的な探究法であり、「自然を苛む」あるいは「拷問にかける」ことで真理を絞り取るという、テクノロジーに根差した発想であった。もう一つは、ルネ・デカルトが提唱した 「数学」 である。彼は、外界からの情報を一度遮蔽し、純粋理性の極致である幾何学に基盤を置くことで、確実な知識を獲得するメソッドを確立しようとした。

この二つの道具、すなわち理性論と経験論の遺産が初めて見事に融合したのが、ガリレオ・ガリレイの業績においてであった。彼は、かつての哲学者が問い続けた「なぜ(why)」という目的論的な問いを意図的に放棄し、現象が「どのように(how)」起こるかを問うことに集中した。これは単なる問いの変更ではなく、知そのものの再定義であった。自然から内在的な目的を剥ぎ取ることで、世界は操作と制御の対象となる。このマックス・ウェーバーが「目的合理的」と呼んだ態度は、「これはよいものか?」という価値の問いを退け、「これはうまく行くか?」という道具としての合理性を前景化させた。落下運動のような物理的変化を数学的に記述し、それを実験によって立証するという彼の手法は、「制御するということと同義であるような『知』」を確立したのである。

この思考法を哲学的に体系化したのがデカルトである。彼の 「二元論的パラダイム」 は、長年の哲学的・神学的問題を解決する一方で、〈内〉なる自己(res cogitans, 思惟するもの)と〈外〉なる世界(res extensa, 延長するもの)とを完全に分離し、後の時代の疎外の源泉となった。このパラダイムに基づき、複雑な問題を最も単純な構成要素に分解し、それらを個別に知ることで全体を知ったと見なす思考法が確立される。これは、全体を部分の総和として捉える 「原子論」 的思考であり、その後の西洋思想の根幹を成すこととなった。だがこの新しい科学的意識の確立は、単なる知の革命に留まるものではなかった。近代初期ヨーロッパにおける社会・経済の構造変化を駆動したのは、まさにこの科学と同じ、原子論的な分離と外部からの制御という論理だったのである。

2. 新しい社会と新しい時間:資本主義と科学の共振

近代科学の台頭は、閉ざされた書斎の中だけの知的な革命ではなかった。それは、近代初期ヨーロッパの社会構造、経済システム、そして人々の時間に対する感覚そのものを根底から変容させる、巨大なダイナミズムの一部であった。科学的世界観と、新たに勃興しつつあった資本主義は、いわば共振し合い、一つの歴史的ゲシュタルトを形成していたのである。

中世の封建経済は、基本的に自己完結した静的な 「報酬システム」 であった。食料や手工芸品は、市場での利益のためではなく、直接的な消費のために生産されていた。商業は一部の贅沢品を除き、狭い地域内に限定され、その世界観は「成長」や「拡大」といった近代的概念とはほとんど無縁であった。それは、沿岸にぴったりと寄り添って航行する船のように、堅固な精神的水平線の内側に留まる、閉じた世界であった。

しかし、マゼランやコロンブスに象徴される大航海時代が到来すると、この閉じた宇宙観は崩壊を始める。地理的な拡大は意識の拡張と連動し、経済の開放をもたらした。伝統的な特権グループが独占的に運営していた閉じた経済が姿を消し、それに呼応するように、自然を操作し支配しようとする近代的な意識が台頭する。自然はもはや相互的な関係を結ぶ対象ではなく、手に入れて変形すべき単なる「材料」と見なされるようになった。

この変化は、時間観念にも及んだ。ミルチャ・エリアーデが指摘するように、近代以前の時間は季節が巡るように円環的なものであった。しかし13世紀頃から、時間は直線的に流れ、測定可能なものへと変化し始める。16世紀には「時は金なり」という格言が生まれ、懐中時計が発明された。時間は、まさにお金のように所有し、制御できる対象となったのである。この、時を捕まえ制御しようとする精神こそ、近代科学的世界観を生み出した精神に他ならなかった。

かくして、資本主義経済と近代科学は、一つの共通する精神によって駆動されることになる。それは、原理的に無限のものを求め、果てしなく進歩しようとする動的な意志である。この終わりなき探求の精神は、次の章で論じることになる、全体性の中に静的に存在していた前近代的な世界観といかに決定的に異なっていたのだろうか。


第2部:「魔法にかかった世界」とその解体

3. 錬金術の世界観:参加する意識の体系

科学革命によって失われ、抑圧された世界観の代表例として、我々は「錬金術」を挙げることができる。近代的な視点からは、それはしばしば未熟で迷信的な化学の前身と見なされがちである。しかし、錬金術をその時代の文脈で捉え直すとき、我々の前に現れるのは、物質と精神、主体と客体が分かちがたく融合した、「参加する意識」の精緻な体系である。それは、自然を操作する技術であると同時に、術師自身の魂を変容させるための精神的な修練でもあった。

16世紀までのヨーロッパにおいて、「知る」という行為は、本質的に 「相似」 を認識することであった。世界は神によって創造された意味の体系であり、あらゆる事物は他の事物と共感または反感の関係で結ばれ、創造主の刻印を宿していると信じられていた。したがって、知るとは、この意味の体系に与り、神なるものを感覚を通して共有することに他ならなかった。賢者アグリッパは、これを 「確固たる参加」 と呼んだ。ドン・キホーテが風車に巨人を見たのは、まさにこの相似の世界を最後まで生きようとしたからに他ならない。

カール・ユングの心理学は、この失われた世界観を現代的に再解釈するための強力な視座を提供する。ユングによれば、錬金術とは、人間の無意識の変容プロセス、すなわち 「個体化(individuation)」 の過程を、物質世界の化学変化に投影した壮大な試みであった。個体化とは、日常の社会生活が要請する仮面としての「自我(ペルソナ)」を超え、意識と無意識が統合された真の中心である〈自己〉を発見するプロセスである。この観点から見れば、錬金術師が求めた「金」とは、物質的な黄金ではなく、禅における「悟り」にも似た、意識の変容状態そのものであった。

古い現実が滅び新しい現実が私を包む。凝り固まっている私の人格が「溶解」し、新しいパターンが徐々に次第に「凝結」してくる。

このプロセスは弁証法的である。まず、社会によって形成された凝り固まったペルソナを「溶解」させ、「魂の暗い夜」(黒化)とも呼ばれる混沌と向き合う。無意識の力が解放されるこの段階は、意識が呑み込まれる危険を伴う。しかし、この流動性の中でこそ、真の〈自己〉が再発見され、新たなパターンとして徐々に「凝結」してくるのである。それは、固定化された自己を一度破壊し、より高次の全体性の中で自己を再構築する、死と再生のドラマであった。

このように精緻で深遠なパラダイムが、なぜ、そしていかにして歴史の舞台から姿を消していったのだろうか。その転換は、単なる知的優位性の問題ではなく、近代初期ヨーロッパの政治的・イデオロギー的闘争の産物であった。そしてその鍵を握るのは、近代科学の象徴ともいえる一人の人物の、内に秘められた葛藤だったのである。

4. 転換点:ニュートンと魔術の抑圧

近代科学の象徴であり、合理主義の巨人として知られるアイザック・ニュートン。しかし、経済学者ケインズが喝破したように、彼は「理性の時代の最初の人物」なのではなく、むしろ 「最後の魔術師」 であった。彼の思想的遍歴と内面の葛藤は、単なる一個人のドラマに留まらず、西洋意識全体の転換、すなわち「世界の魔法が解けていく」過程そのものを劇的に反映している。

ニュートンは当初、ヘルメス的伝統や錬金術に深く傾倒していた。ケインズや歴史家マニュエルの説によれば、彼の探求の核心にあったのは、宇宙の秘密を解き明かすという古代からの問いであり、有名な 「引力」 の概念もまた、彼がその存在を確信していた「動的原理」に与えた名に過ぎなかった。彼は自らを、神に選ばれたヘルメス的伝統の後継者とさえ考えていたのである。

しかし、当時のイングランド社会は大きな政治的・宗教的変動の只中にあった。王政復古期、新興ブルジョワジーとイングランド国教会は、社会秩序を維持するため、政治的な「狂信」と見なされたヘルメス主義やアニミズム的思想を危険視した。彼らが推進したのは、デカルト的な機械論哲学であり、それは 「法と秩序の尊重を促すもの」 として、イデオロギー的に支持された。1667年に設立された王立協会は、この新しい価値観の牙城となった。

この強力な政治的圧力の中で、ニュートンは深刻なディレンマに陥る。彼は自らの思想の核心にあるヘルメス的・錬金術的側面を公にすることを避け、厳格な自己検閲を行った。その結果、彼は公の場では醒めた実証主義者の仮面をかぶり、その思想の真の源泉を隠蔽せざるを得なかったのである。この転換は、一個人の内面のドラマであると同時に、西洋社会全体を巻き込んだ政治的・イデオロギー的粛清の反映であった。

このヘルメス主義から機械論への移行は、二つの大きな社会的潮流と密接に結びついていた。第一に、資本主義の台頭である。新興ブルジョワジーにとって、地球が生命を持たない「死んだ物質」であるという考えは、利益追求のために自然を際限なく搾取することを正当化する、経済的に非常に都合の良いイデオロギーであった。第二に、ピューリタン的人生観の台頭である。性的エネルギーは抑圧され、労働へと昇華された。権力には従順で、競争相手には攻撃的という、近代の「典型的人格」が形成されていく中で、抑圧の強いニュートンの性格は、むしろ時代の象徴となった。

最終的に、西洋社会は世界の「魔法が解けていく」過程で、内的現実の豊かさを、商工業の搾取プログラムと組織的宗教の命令に適合しないという理由で捨て去ってしまった。それはまさに、「風呂の水とともに赤ん坊までも投げ捨ててしまった」 に等しい行為であった。この失われた「赤ん坊」——すなわち、身体、無意識、そして世界との一体感——は、デカルト的パラダイムの論理的帰結の中で、さらに深く抑圧されていくことになる。


第3部:デカルト的パラダイムの帰結と批判

5. 引き裂かれた知:身体、無意識、そして「暗黙知」

デカルト的パラダイムが確立した精神と身体の厳格な二分法は、知のあり方そのものを不具にし、現代に至るまで続く神経症的な文化状況を生み出す根源となった。理性を身体から切り離し、純粋な観察者として世界に対峙しようとする試みは、我々の知覚や認識の根源にある、より深く広大な知の領域を抑圧し、忘却させる結果を招いたのである。

ヴィルヘルム・ライヒの理論は、この抑圧のプロセスを個人の発達史から鮮やかに描き出す。彼によれば、幼児期における知は、主体と客体が未分化な**「体感覚的」なものであり、快楽と知識、価値と事実が一体であった。フロイトが「多形倒錯」と呼んだこの状態は、むしろ「多形完全」と呼ぶべき全体的な経験であった。しかし、社会化の過程、特に近代的な育児法のもとで、子供の自発性、とりわけ性的・官能的な側面は厳しく抑圧される。その結果、身体の動きは硬直性を帯び、精神的な防御機構として「性格の鎧」が形成される。この鎧は、我を忘れて行動に没入する能力、すなわちライヒが「オーガズム的充足」**と呼んだ、世界と一体化する能力を失わせるのである。

この失われた知の領域を、別の角度から照らし出したのが、科学哲学者マイケル・ポランニーの 「暗黙知(tacit knowing)」 という概念である。自転車の乗り方、言語の習得、あるいは専門的な技術の獲得といった例が示すように、我々の知の大半は、言語化できない非認知的なプロセスによって成り立っている。我々は、ルールを分析的に理解するのではなく、自分自身を対象に浸透させ、無意識のレベルでそれを学ぶ。この「参加」による学習は、客観性を標榜する科学的知識の獲得過程ですら例外ではない。ポランニーが指摘するように、いかなる科学的方法論の選択も、究極的には理性を超えた信念に基づく行為なのである。

さらに、デカルト的パラダイムの根幹を揺るがす挑戦は、20世紀の物理学そのものから現れた。ヴェルナー・ハイゼンベルクが提唱した 「不確定性原理」 に代表される量子力学の発見は、ミクロの世界においては観察者(主体)と観察対象(客体)が分離不可能であることを明らかにした。我々の意識や行為そのものが実験の一部となり、我々は記述しようとする世界のなかの参加者とならざるを得ない。主体を客体から分離し、客観的な真理を発見しようとするデカト的企ては、物理学の最前線において、その前提自体が根底から覆されたのである。

ライヒの身体論、ポランニーの暗黙知、そして量子力学の帰結。これらの批判は、いずれもデカルト的な知がいかに不完全で、現実の一側面しか捉えていないかを指し示している。我々に求められているのは、精神と身体、主体と客体、事実と価値といった二分法そのものを乗り越える、より統合的な知のあり方を探求することである。そのための最も包括的な理論的枠組みを提示したのが、文化人類学者グレゴリー・ベイトソンであった。


第4部:新たなる統合へ——グレゴリー・ベイトソンの全体論的科学

6. 新しい認識論:サイバネティクスと〈精神〉の概念

近代のディレンマ、すなわち単純なアニミズムに回帰することなく、かつ科学至上主義の袋小路にも陥らずに、事実と価値を再統合する道はないのか。この問いに対し、現代思想が提示しうる最も包括的で説得力のある応答が、文化人類学者グレゴリー・ベイトソンの思想体系である。彼の仕事は、科学を無視することなく無意識の知を取り込み、デカルト的パラダイムに代わる、現代唯一の全体論的科学体系を構築する試みであった。

ベイトソンの認識論の核心は、一つの根源的な問いから出発する。「〈精神〉(Mind)とは何か?」。西洋科学は伝統的に、この問いを説明によって無化し、実体(物体とその運動)のみを説明原理としてきた。しかしベイトソンは、〈精神〉を物体の外にある神秘的な何かや、物体の中に潜む生命力としてではなく、諸現象の結びつき方そのもの、すなわち「関係性のパターン」に宿るものとして捉え直した。〈精神〉は、個人の脳や身体に限定されるものではなく、システム全体に内在する現実なのである。

この新しい認識論の鍵となるのが、サイバネティクスの考え方である。例えば、蒸気エンジンの回転数を一定に保つ調速器(ガバナー)を考えてみよう。ここでシステムを動かしているのは、物理的な衝撃力ではない。それは 「違いを生む違い(a difference which makes a difference)」 としての「情報」である。理想状態からの「違い」をシステムが「感知」し、その情報が閉じたフィードバック回路を通じて伝達される。システムは、自前のエネルギー源を用いて燃料供給やブレーキを自動的に調整し、自己修復を行う。情報とは、物理的な力ではなく、システムが応答するための引き金となる「違い」なのである。

この観点から、ベイトソンは〈精神〉を持つシステム(心的システム)が満たすべき規準を以下のように定式化した。

  • 相互に作用しあう諸部分がひとつの全体をなし、その相互作用の引き金が「違い」であること。
  • これらの「違い」が物質や空間、時間に属するものではなく、特定の場所に位置づけることができないこと。
  • 情報(「違い」がコード化されたもの)が、閉じた回路、あるいは複雑なネットワークを伝達されること。
  • システムの各部分が、反応のための自前のエネルギー源を持つこと(つまり、反応は外部からの衝撃力によって駆動されるのではない)。

この定義に従うならば、〈精神〉を持つのは個々の人間だけではない。家族、人間社会、森や川といった生態系もまた、これらの規準を満たす一個の生命体、すなわち〈精神〉を持つ存在であると結論づけられる。この革新的な認識論は、我々が世界を、そして我々自身を捉える仕方を根本的に変える可能性を秘めている。それは、個物ではなく関係性を、実体ではなくパターンを世界の根源と見なす、壮大なパラダイムシフトの幕開けであった。

7. 意識の文法:学習理論とダブル・バインド

グレゴリー・ベイトソンの思想は、単に世界の構造を記述するだけでなく、我々の「性格」や「世界観」がいかにして形成され、維持されるのかという、意識の力学にまで深く分け入っていく。その核心をなすのが彼の学習理論であり、特に 「ダブル・バインド」 理論は、デカルト的文化が構造的に内包する病理を鋭く抉り出す分析のメスとなる。

ベイトソンは、学習を以下の3つの論理階型に分けて考察した。

  • 学習Ⅰ(原=学習): 個別的な問題への対処法を身につける、最も基本的な学習レベル。
  • 学習Ⅱ(第二次学習): 特定のコンテクスト(状況の連鎖)自体の性質を発見し、「学習することを学習する」レベル。我々が「性格」と呼ぶもの、すなわち特定の状況に対して習慣的にどう反応するかという傾向は、このレベルで形成される。
  • 学習Ⅲ: 学習Ⅱで身につけた習慣(性格)そのものを変えることを学ぶ、より高次の飛躍。これは自己を再定義する創造的なプロセスである。

この学習理論を基に、ベイトソンは精神分裂病の病因を説明する画期的な 「ダブル・バインド」 理論を提唱した。ダブル・バインドとは、ある人物(特に子供)が、二つの矛盾したメッセージを受け取り、かつその場から逃れることも、その矛盾を指摘することも許されない状況に繰り返し置かれることである。例えば、母親が言葉(デジタル的メッセージ)では愛情を表現しながら、非言語的な仕草(アナログ的なメタメッセージ)では拒絶や敵意を示す。子供がこの矛盾に応答しようとすると罰せられ、その結果、彼はメッセージのレベルの違いを正確に判別しないことを学習Ⅱのレベルで学習してしまう。

ベイトソンの鋭い洞察は、この分裂生成的な状況が、単に精神病患者の家族に留まらないという点にある。むしろそれは、デカルト的世界観が支配する体制そのものに構造的に組み込まれている。その体制とは、「建前として」メタコミュニケーションを(つまり、ニュアンスと暗黙知とを)抹殺する体制なのだ。我々は、つねに違反せざるを得ないようなデジタル的な論理への忠誠を要求され、身体や情感が伝えるアナログ的な現実を無視して、偽りであることが見え透いた「現実」に適合していくことを強いられている。これが文化全体のダブル・バインドである。

この束縛から抜け出す道が、学習Ⅲである。それは、イルカが「これまでとは違う新しい芸をしろ」という矛盾した命令に対し、実験のルールそのものを変える「創造」によって応えたように、解決不可能に見えた矛盾を高次の視点から乗り越える飛躍である。禅における「公案」もまた、弟子を意図的にダブル・バインドに追い込み、論理的思考の限界を超えさせるための装置と言える。学習Ⅲは、個人の性格を変容させるだけでなく、我々を「忘我への覚醒」へと導き、より大きな生態系との繋がりの中に自己を再発見させるプロセスなのである。

8. 全体性の倫理:生態系・耽溺・多様性

グレゴリー・ベイトソンのサイバネティクス的認識論は、必然的に一つの倫理観を導き出す。それは、生命システムそのものの構造に根差したものであり、現代産業社会が抱える自己破壊的な行動様式に対する、最も根本的な批判となっている。ベイトソンが生物学から導き出した倫理的テーマには、主に四つの柱がある。(1)生物システムは最大化せず最適化する、(2)〈精神〉の単位は生存の単位である、(3)耽溺と順化は根本的に異なる、(4)多様性は一様性よりも好ましい。

これらの核心は、生物システムが持つ「知恵」と、近代西洋社会が追求する「論理」との対比にある。あらゆる生物システムは、本質的に恒常的(ホメオスタティック)であり、諸変数を 最適化(optimize) しようとする。これに対し、西洋の意識的な目的合理性は、特定の変数のみを最大化(maximize)しようとする。利益、権力、GNPといった単一の指標を無限に追求するシステムは、自己修復的なフィードバックを失い、必然的に 「暴走」 状態に陥る。

この「暴走」の典型的な現れが 「耽溺(addiction)」 である。アルコール依存症から軍拡競争に至るまで、これらはすべて構造的に同じポジティブ・フィードバックの罠である。問題を解決しようとする行為が、かえって問題を深刻化させるのだ。かつて剣歯虎が、短期的な生存に有利であった巨大な牙を最大化させすぎた結果、柔軟性を失い絶滅に至ったように、特定の変数への過剰な適応(耽溺)は、システム全体の生存を危うくする。

「生存の真の単位は、個体+環境であり、種+環境なのである」

ベイトソンのこの言葉は、エコロジーの基本法則を端的に示している。我々の自己は皮膚の内側で完結しているのではなく、情報が循環するすべての外的経路をも含んだ、より大きな〈精神〉の一部なのだ。この認識から、もう一つの重要な倫理原則が導かれる。「種の多様性は種の一様性よりも好ましい」。多様性は、あらゆるシステムの生存にとって決定的に重要な柔軟性を保証する。これに対し、均質化を目指す態度は、システムの適応能力を奪い、硬直化させる。西洋の「自己中心的」な個人主義や帝国主義的姿勢は、他者を安全で予測可能な「クリシェー」に貶めることで、生態系全体の豊かさを損なうのである。


結論:意識の政治学と未来への展望

グレゴリー・ベイトソンが提示した全体論的なパラダイムは、デカルト的世界観の閉塞を乗り越えるための、解放的な政治のヴィジョンを拓く可能性を秘めている。しかし同時に、その思想は、歴史が示すように、あらゆる全体論的体系がそうであるように、誤って解釈されれば新たな抑圧の道具となりうる危険性も内包している。

ベイトソンのパラダイムに基づけば、以下のような未来社会の変容が展望されるだろう。

  • 権力観の変化: 他者を支配する力から、圧力なしに他者に影響を与える内的な安定 (centeredness) へ。
  • 理想的人間像の変化: 均質な個人から、柔軟で 「多面的」 な人間へ。
  • 労働観の変化: 職業ではなく 「人生を持つ」 徒弟制的な生涯教育へ。
  • 政治形態の変化: 中央集権的な国民国家から、生態系に根差した 生物地域(bioregion) を単位とする、小国家のモザイクへ。

しかし、ベイトソン思想を無批判に受け入れることはできない。恒常性(homeostasis) の概念は現状維持を肯定する保守性と結びつきかねず、サイバネティクス・モデルはエリートによる官僚的管理社会と容易に結びつく。この危険性を理解するためには、「地球大の(planetary)」世界観と「世界統一主義的(globalist)」世界観とを明確に区別する必要がある。前者が生物地域に根差した多様性を尊重するのに対し、後者は地球全体を均質化し、単一の管理システムの下に置こうとする。ベイトソンのツールは、この世界統一主義的なプロジェクトに容易に転用されうるのだ。マックス・ホルクハイマーは、ファシズムを 「理性と自然との悪魔的統合」 と警告したが、全体論が多様性を抹殺する方向に働けば、それは専制政治の道具となりうる。

最終的に、西洋工業社会が歴史に残すメッセージとは、デカルト的パラダイムが持っていた強大な力と、その必然的な挫折の物語であろう。しかし、自我意識の終焉は、文化や意味ある人間行動の終焉を意味するものではない。それは、孤立した自我という幻想から解放され、我々が宇宙的な連帯感の中で、より大きなパターンに帰属していることを実感する、新たな世界観の始まりであるのかもしれない。その未来は約束されたものではなく、我々の意識の変革にかかっている。

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