エフェクチュエーション 読書メモまとめ:不確実な時代を生き抜く起業家的思考

はじめに:予測不能な時代における「コントロール」の力

サラスバシーの提唱する「エフェクチュエーション(実効理論)」は、従来の経営学が重視する「予測」ではなく、「コントロール」によって不確実性に対処する思考様式です。新しい事業やサービス、市場を創造する熟達した起業家たちの意思決定実験から発見されたこの論理は、既存の顧客ニーズが不明確な状況や、最適なアプローチを定義しにくい課題解決など、高い不確実性を伴うあらゆる創造プロセスで活用できます。

本書は、起業家が直面する「何をすればよいかわからない」「失敗を恐れて躊躇する」「思い通りに進まない」「能力やアイデアに自信がない」といった問題に対し、見方を大きく転換するヒントを与えてくれます。機会は発見するものではなく、起業家自身の行動を通じて創出されるものだ、という発想こそがエフェクチュエーションの核心です。

エフェクチュエーション vs コーゼーション:料理の例えで理解する二つの思考様式

従来の思考様式である「コーゼーション(因果論)」は、特定の目的(例:新事業の成功)に対し、正しい要因(成功するための最適な計画)を追求するものです。不確実性を減らすために情報を収集・分析し、最適な計画を立てることに重点を置きます。まるで、完璧なレシピ(計画)と食材(資源)を事前に揃えてから料理を始めるようなものです。

一方、エフェクチュエーションは、目的ではなく、所与の「手段」から始め、それを活用して生み出せる「効果(effect)」を重視します。これは、冷蔵庫にある食材(手持ちの手段)を見て、「これで何が作れるだろう?」と考える料理人のようです。未来の結果に関する予測を一切必要とせず、自分自身がコントロール可能な要素に行動を集中させることで、望ましい結果を生み出そうとします(「飛行機のパイロットの原則」)。

エフェクチュエーションを構成する 5 つの原則

エフェクチュエーションは、以下の 5 つの原則によって成り立っています。

  1. 手中の鳥(Bird in Hand)の原則
  2. 許容可能な損失(Affordable Loss)の原則
  3. レモネード(Lemonade)の原則
  4. クレイジーキルト(Crazy Quilt)の原則
  5. 飛行機のパイロット(Pilot in the Plane)の原則

これらの原則は相互に関連し、不確実な状況下での意思決定と行動を導きます。

1. 手中の鳥(Bird in Hand)の原則:「目的主導」ではなく「手段主導」

この原則は、「目的主導」で最適な手段を追求するコーゼーションとは対照的に、「自分がすでに持っている手持ちの手段(資源)を活用し、そこから何ができるかを発想し着手する」 思考様式です。英語のことわざ「A bird in the hand is worth two in the bush(手中の 1 羽は藪の中の 2 羽の価値がある)」に由来します。不確実な未来の資源を追い求めるのではなく、今手にしているものを活用してすぐに具体的な行動を生み出すことを促します。

「手持ちの手段」の 3 つのカテゴリ:

  • 私は誰か(Who I am):自身の特性、興味、能力、性格、信条、そして「自分はどのような存在でありたいか」という主観的な自己認識。
  • 私は何を知っているか(What I know):専門知識に限らず、趣味、教育、人生経験を通じて得た知識や経験則。
  • 私は誰を知っているか(Whom I know):頼ることのできる人とのつながり、社会的ネットワーク。「弱い紐帯の強み」が示すように、頻繁に会わない知人が重要な情報源となることもあります。

これらに加え、組織や社会の「余剰資源(Slack)」、すなわち使われていない、あるいはその存在すら気づかれていない資源に目を向けることも有効です。ソニーのウォークマン開発のきっかけや、横井軍平の「枯れた技術の水平思考」は、既存の手段や余剰資源を転換して新しい価値を創造したエフェクチュエーションの実践例といえるでしょう。

ポイント: 手持ちの手段からアイデアを発想する際、そのアイデアが優れていると確信できなくても構いません。最も重要なのは、それがあなた自身にとって「意味があるか」 という視点です。すぐに着手できる小さな一歩を踏み出すことから始められます。

2. 許容可能な損失(Affordable Loss)の原則:期待利益の最大化ではなく「損失の許容可能性」でコミットする

熟達した起業家は、事前に予測された期待利益ではなく、「うまくいかなかった場合に生じる損失が許容可能か」 に基づいて行動へのコミットメントを行う傾向があります。これは、予期せぬ事態は避けられないことを前提とし、最悪の事態が起こった際の損失をあらかじめ見積もり、それが許容できるならば実行すればよい、という意思決定基準です。

  • 着手時点で投入する資源をできるだけ小さくする:最初の一歩を小さく踏み出す工夫が、損失を許容範囲に留める鍵です。
  • 「何を失っても大丈夫か」「何を失うことを危険だと思うのか」を自覚する:許容できない資源を危険に晒さないようにします。
  • 新たな資源投入のタイミングを延期する:必要であれば、支払いのタイミングを先延ばしにするなど、工夫します。

この原則は、失敗経験を「学習機会」と捉えることを可能にし、次の成功確率を高めます。また、自身にとって「許容可能な損失」が異なるパートナーと組むことで、事業立ち上げに伴う損失の許容可能性を広げることもできます。

さらに、この原則は「行動しないことの機会費用(機会損失)」も考慮に入れます。トヨタの豊田喜一郎の言葉のように、挑戦しないことで失われるものが大きいならば、リスクを伴う挑戦の方が合理的と見なされることもあります。許容可能な損失に基づく意思決定は、「儲かるかどうか」以外の基準で、本当に自分にとって重要な取り組みを選択することを可能にし、内的な価値観を反映した、独自の行動を可能にします。

3. レモネード(Lemonade)の原則:予期せぬ事態を避けず、むしろ活用する

熟達した起業家は、予期せぬ事態が不可避的に起こると考え、「起こってしまったそのような事態を前向きに、テコとして活用しようとする」 思考様式を持っています。望ましくない「レモン」のような事態に直面しても、それを新たな行動のための資源として積極的に活用し、新しい価値やより望ましい成果(レモネード)を生み出そうとします。

ポストイットの発明は、接着力が弱すぎるという「失敗」を、新たな用途へと転換したセレンディピティの典型例です。

レモンを活用してレモネードを作るためのステップ:

  1. 予期せぬ事態に気づく:ネガティブに見える事態も、活用する行動を伴うことで幸運な偶然に変換されます。
  2. 同じ現実に対する見方を変える(リフレーミング):コントロールの喪失と捉えられがちな予期せぬ事態を、手持ちの資源を拡張し、新たな方向性を生み出す機会と捉え直します。
  3. 予期せぬ事態をきっかけに「手持ちの手段(資源)」を拡張する:新たな要素を付け加えたり、自身の「手中の鳥」に気づく機会とします。
  4. 拡張した手持ちの手段(資源)を活用して新たに「何ができるか」を発想する:変化した手段で「何ができるか」を問い直し、新たな行動につなげます。

この原則は、自らが「何とか形にしたい」と考えている取り組みであるからこそ、不都合な経験を受け入れた上で「何か新しくできる行動はないか?」と模索する態度を生み出します。

4. クレイジーキルト(Crazy Quilt)の原則:コミットする意思を持つ全ての関与者とパートナーシップを築く

熟達した起業家は、市場が存在しない新規事業において、誰が顧客で誰が競合になるかは事後的にしかわからないと考え、交渉可能な人たちとは積極的にパートナーシップを求めようとします。 これは、完成させる絵が最初から決まっているジグソーパズルのようなコーゼーションとは異なり、様々な布切れ(パッチ)を持つ人々が協力して、当初は想像もつかなかった素晴らしいデザインを生み出す「パッチワークキルト」に例えられます。

「問いかけ(asking)」の重視: エフェクチュエーションでは、パートナー候補に対し「何かを求めて尋ねる」問いかけが重視されます。コーゼーションで重視されがちな「売り込み(selling)」とは異なり、アイデアは暫定的なものであり、パートナー候補と共に「どのような形であれば未来を創っていくことができるか」をオープンに問いかけます。相手の話をより多く聞き、相手が提供できる資源やビジョンを理解することで、お互いにとって意味のある取り組みを共創できる関係を築きます。

藁しべ長者の物語や、スティーブ・ジョブズがヒューレット・パッカードに電話をかけた逸話は、問いかけによって新たな出会いや資源を獲得し、プロジェクトを大きく進展させた例として紹介されています。クラウドワークスの吉田さんが「未来の働き方を一緒に作ってもらえませんか」と問いかけたように、一方的な売り込みではなく、共創的な関係を築く「co-creative ask」が重要です。

5. 飛行機のパイロット(Pilot in the Plane)の原則:コントロール可能な活動に集中し、予測ではなくコントロールによって望ましい成果に帰結させる

この原則は、エフェクチュエーション全体のサイクルに関わる世界観を示しています。起業家は、予測できない未来のなかで、「コントロール可能なものは何か」に焦点を合わせ、自らの行動を通じて望ましい結果を導こうとします。 これは「非予測的コントロール」の論理とも呼ばれ、未来の予測や過去の成功・失敗ではなく、「いまここ」に集中して行動することを促します。

私たちは、世界に対して無力感を感じがちですが、熟達した起業家は、たとえ影響を及ぼせる範囲が限定的であっても、具体的なプロセスを知ることで、能動性を失いません。

エフェクチュエーションが特に有効なのは、以下の 3 つの特徴を持つ問題空間です。

  1. ナイトの不確実性:未来の結果に関する確率計算が不可能な状況。
  2. 目的の曖昧性:選好が所与ではない、あるいは秩序だっていない状況。
  3. 環境の等方性:どの環境要素に注目すべきか、無視すべきかが不明瞭な状況。

市場の成熟期においても、大企業がエフェクチュエーションを活用して新たな事業機会を創造する必要があるのは、環境の不確実性が再び高まる可能性があるからです。

「飛行機のパイロットの原則」は、外部環境との相互作用を含むプロセス全体を、起業家自らがコントロールしようとする主体性に関連します。偶発性にどう対処するか、誰がパートナーとなるかといった意思決定は、パイロットである起業家自身によってなされ、そこには「私は誰か」というアイデンティティが強く反映されます。エフェクチュエーションのサイクルが繰り返される中で、「私たちは誰か」という組織的なアイデンティティへと発展していくことも想定されています。

まとめ:不確実な時代を航海する羅針盤として

エフェクチュエーションは、予測不可能な現代社会において、私たちが新たな価値を創造し、困難な課題を解決するための強力な思考様式を提供します。手持ちの資源から始め、許容可能な損失でリスクを取り、予期せぬ出来事を機会に変え、共創的なパートナーシップを築き、そして何よりも自らがパイロットとして行動をコントロールする。この 5 つの原則を実践することで、私たちは不確実な未来を切り開き、自分自身の、そして社会の望ましい結果を創り出すことができるでしょう。

Copyright © Yudai Nishiyama 2024, All Rights Reserved.